« 2008年7月11日 | トップページ | 2008年7月25日 »

July 15, 2008

しなやかに、したたかに

Raymond Chandler の遺作 Playback に有名な科白がある。

“If I wasn't hard, I wouldn't be alive. If I couldn't ever be gentle,
I wouldn't deserve to be alive.”

ちなみに、清水俊二訳のハヤカワ文庫では、次のように訳されている。

「しっかりしていなかったら、生きていられない。やさしくなれなかったら、生きている資格がない」

ただし、一般には、hard の部分が「強く」とか「 タフ」という訳で伝わっていることが多い。もともとは、おなじみ私立探偵の Philip Marlowe が、女に「あなたって、とっても hard な人なのに、なぜこんなに gentle になれるの?」と言われて、半ば照れ隠しに (?) 言ったのが上のセリフである。だから、単に自分のことを言ったにすぎない。その後、ある日本映画の宣伝文句に採用されて以来、主語が「男は」というように一般化されてしまったようだ。

そこで、キーワードの hard と gentle の、自分なりの超訳を考えてみた。それが標題である。
順番は逆になるのだが、「したたかでなかったら、生きていけない。しなやかでなかったら、生きていく意味がない」というつもりである。

今日、女子大といえども、卒業生を「可愛いらしさ」だけで社会に送り出すことはできない。高い就職率の実績を維持していくためにも、大学の4年間で学んだことをしっかり身につけさせて送り出したいという思いがある。そのためにも、一定の強さはもたせる必要がある。
ただし、「したたか」は、「健か」と書くこともあることからわかるように、人を出し抜く強さではなく、健全なたくましさということである。

といっても、勉強勉強でガチガチの頭になってしまったのでは、社会に出てすぐつまずいてしまうだろう。言われた通りのことしかできないロボットのような頑固さは社会では役に立たない。
必要なのは、自分の頭で考えて、臨機応変に対応できる柔軟さ、すなわち、「しなやかさ」である。

しなやかで、いくら曲げても折れないということは、「したたかさ」にも通じる。結局のところ、「しなやか」と「したたか」は1つのコインの裏表にすぎないのだろう。

実は、もう1つ「し」ではじまり「か」でおわる言葉がある。「しとやか」である。「しなやか」で「したたか」で「しとやか」であったら、それこそ鬼、いや、「天使に金棒」であるが、どうだろうか。これは今日の女子大生には過大な要求ということになるのだろうか。

|

« 2008年7月11日 | トップページ | 2008年7月25日 »