« 2008年8月15日 | トップページ | 2008年9月13日 »

August 28, 2008

かけがえ

オリンピックも終わった。金メダルの話題も4年間はお預けということになる。

少し前に「世界でただ一つの花」という歌がはやった。一番になれなくても、ただ一つであればよいという趣旨の歌だ。英語で、number one でなくても、only one ならよい、というとゴロがよいので、あちらこちらで引用されている。競争主義への批判として、個性の大事さを強調した歌詞と捉えられている。

本当に only one でよいのだろうか。

例えば、大学でも、偏差値などの一次元的基準で選ぶよりも、個性のある教育を提供する大学を選べばよいということになる。一見もっともらしい。今日、どの大学も、その大学の個性ということを重視しているからだ。

しかし、大学でも、個人でも、他と競争することをあきらめてしまってはいけないのではいか? もちろん、何が何でも日本一・世界一というのは無理であるし、そのような一次元的価値で頑張る必要はないが、それぞれが得意とする分野なり学科なりがあって、その中では他に引けをとらない、というくらいの主体性は欲しいと思う。

よく似た言葉に「最大」と「極大」というのがある。前者は大局的なもので、後者は局所的なものである。もっと視野を拡げれば、より高いものが存在するのだが、とりあえず、近隣には自分より高いものはないということだ。富士山は前者であり、八ヶ岳の各峰は後者ということになるだろう。

それぞれの組織や個人に何らかの取り柄があって、自信をもっているということは必要だと思う。Only one、つまり、「唯一」では、競争相手がいないので、そこに安住して、向上することを忘れてしまいがちである。

「唯一」よりも好きな言葉に「かけがえがない」、つまり、代わりがない、というのがある。かけがえがないということは唯一を含意するが、その逆は必ずしも成り立たない。唯一であっても、それ自体に価値がなければ、代替となるものはいくらでもある、ということになる。

「かけがえ」は相対的なものである。誰かにとって大切なものであり、その人にとっては、代わりがあり得ない、her/his dearest one ということだ。誰にとってか、ということはまた別の大きな問題だが。

|

« 2008年8月15日 | トップページ | 2008年9月13日 »