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February 12, 2009

指先、指の先、夢の先

「先」という言葉にこだわっている。「先」には大雑把に言って、《先端部分》という意味と《延長した方向》という意味がある。「指の先」にもこの2つの意味があって、《指の爪の生えている付近》を意味する場合と、《指で差し示している彼方》を意味する場合がある。おもしろいことに、「指先」には前者の意味しかない。

以前あるところで、犬にはこの2つの意味のうち後者がわからないようだ、ということを書いたことがある。我が家の犬も、何かを指で示すと、その指そのもの、あるいは指がさわっているものを見ることはあっても、指の差す方向を延長した先にあるものは見てくれない。つまり、「指の先」にあるものを見てほしいのに「指先」しか見てくれないのだ。

日本語に「こ・そ・あ」の体系があることはよく知られているが、指が触れているものは「こ」の世界のものである。指の差す方向にあるものは「あ」の世界である。どうやら犬は「こ」の世界にしか生きていないらしい。指差しで「ここ」を示すことはできるが、「あそこ」を示すことはできない。

「あ」の世界は、自分の「こ」の世界からも相手の「そ」の世界からも中立な世界である。自分と相手が同じ方向を向いて見る未来である。犬はあくまでも現在を生き、人間は、かりに現在がだめでも未来に期待して生きることができる。

指の他に「先」が使える体の部分はないかと考えてみると、「目先」「鼻先」「口先」「手先」などが見つかった。しかし、なぜかいずれもあまりいい意味で使われることはない。「目先の利益に目を奪われ、鼻先で笑われる口先だけの男が手先に使われる」と続けると、まるで人生の落伍者を極めたかのようである。

もう少し元気の出る「先」はないものかと思ったら、昔「夢先案内人」という歌があったことを思い出した。検索してみても歌詞の中にはこの語が出てこないので、タイトルの中だけの言葉だが、「夢先」という語は辞書に載っていない。新造語なのだろうが、この「先」はどういう意味だろうか。「夢」に先端部分があるとも思えないので、夢の発展していく方向だろうか。

まさか、夢の先は醒めた後の現実、というのではないでしょうね。

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