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June 02, 2009

這っても黒豆

新型インフルエンザの兵庫県などでの発生による休校、その後の警戒体制もようやくとれ、大学も通常の体制に戻った。もちろん、常日頃から手洗い・うがいの習慣をつけておく必要があることは今後も変わりはなく、そのような日常の注意事項をあらためて確認することになったのは不幸中の幸いと言うべきか。

今回痛感したのは、距離の大きさに比例した情報の不正確さの度合である。関西地域に来ることに不安を感じている人が他県にいることが意外だった。観光地が風評被害に合っていると報じられているが、身近かなところでも、結婚式とか学会への出席を見合わせるという人が現実にいた。それぞれの事情があってのことだと頭で理解はしても、心の片隅に寂しさが残った。

インフルエンザは飛沫感染なので、大気中にウィルスがうようよといる状況ではないし、地域全体が汚染されて立ち入り禁止になっているわけではない。最近は関西ではほとんど新しい感染者が出ておらず、ほぼ治まったと見られている。なのに、つい最近まで、まるで関西地域が危険地域であるかのように扱っている他県の大学もあった。

一つには新型インフルエンザに対する国の指針が、従来の鳥を想定した強毒性対応のものから、今回の豚の弱毒性のものに対応したものになかなか改まらなかったということがあるだろう。そのため、一部の人にとっては「弱毒性でも新型」なのである。

このような頑固さを端的に言いあらわしたのが表題の諺だが、「ても」にこれだけの意味を込めるのは神事である。しかし、諺としてはよくできているが、人や組織がこのように硬直してしまうのは困る。

危機管理ということがとかく言われる。今回は弱毒性であったが、兵庫・大阪・京都ではほとんどの大学が休校にした。結果的には、これは、われわれにとっては、秋に来るかもしれない第2波に備えてのシミュレーションをおこなう絶好の機会となった。幸い1週間程度の休校ならば、休みに大きく食いこまずとも埋め合わせることができることもわかった。

こうして、われわれには貴重な意味ある経験だったわけだが、過剰に防衛しようとするのも、危機管理が逆の方向にうまく行っていないということではないだろうか。本当に恐いのは、ウィルスよりも、情報の欠如からくる謂れなき不安である。

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