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September 29, 2009

その他のゴミ

長時間の乗り物では、ペットボトルの飲み物が欠かせないが、空ボトルを手にしてホームに降りると、ゴミ箱をさがす。旅行中はボトルに蓋をしたまま捨ててしまうが、本当は、リサイクルのためには、ペットボトルの本体と蓋と回りのビニールは分ける必要がある。それぞれに再生の用途が違うのだろう。市の月2回のペットボトル回収日には、蓋とビニールは一般ゴミ扱いであり、そもそもリサイクルしていない。

しかし、特に蓋だけを集めようという活動がある。本学でも今年から、学生と教職員のボランティア活動で、蓋の回収場所を設けている。これを800個業者に送ると20円で買いとってもらえて、ポリオのワクチン1人分が賄えるそうだ。もちろん蓋が直接ワクチンの原料になるわけではないが、本体とは別の役立て方があるらしい。

さて、駅のホームで蓋とビニールを本体とは別に捨てるとする。これらは、家では一般ゴミだが、ホームに、3つか4つ並んでいる箱のどれに入れたらよいか。箱を順に見ていくと、いきなり「その他のゴミ」という箱が目に入ることがある。これが一番最初に目にした箱の場合、蓋とビニールをその箱に投げ入れてよいかわからない。3番目か4番目に「ペットボトルの蓋」とか、あるいは「ペットボトル関連」とかいう箱が出てきたらどうするのだ。今まで、そういう箱に出会ったことはないが、なにしろ旅行中の身である。どのような分別方針のところに来ているかわからない。例えば、「石油からできたもの」というような箱で「紙」と別にビニールを捨てさせているところならばあってもおかしくない。結局最後まで見て、またはじめの箱に戻ってくることになる。

ことばの使い方としては、「その他」の「そ」は、それまでに出てきたものを指す。だから、いろいろと順番に並べていって、最後に「その他」とするのである。ゴミ箱を配置した人には、3つか4つの箱を見ていく順番に一定のイメージがあったのかもしれないが、駅のホームのように、人がどちら向きに歩くかわからないところではそのような前提は崩れる。ここはやはり、「燃やすもの」のように、それ自体で意味をなすような表現にすべきだろう。

「その他」というのは「そ」に依存してしか自分を決められない身分である。大学も「その他の大学」にならないように、それ自体の意味をもっていかなくてはいけない、と強引におとしておく。

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