« 2010年5月31日 | トップページ | 2010年7月29日 »

June 30, 2010

飼育と放し飼い

今年の梅雨は、結構晴れ間の日が間にはさまることも多いが、降るときには降る。近くの川沿いの公園は、ところどころに反対側に渡れる飛び石があるのだが、大雨の翌日などは、石の上にまで川の流れがかぶさっていることがある。

大雨の後は、川の中から生えている草も流れに押されて、皆下流にむかって倒れている。気がかりなのは川の中の動物、特に鯉である。駅近くに2箇所、100mくらい離れて、鯉がかたまって棲んでいるところがあって、合わせて10匹以上確認できるのだが、最近、上流側で鯉を見ないなと思っていたら、大雨の翌日、下流側にかたまっていた。少なくとも、5、6匹は下流に移動したらしい。この2箇所の間は結構浅瀬で、普段は、結構大きい鯉にとって移動するのはむずかしいと思われるが、大雨で水嵩が増して、泳ぎやすかったのかもしれない。

前に一度だけ、逆に下流から上流へ移動中の鯉を目撃したことがあった、2、3匹だったが、まるで遠足でもしているかのように楽しそうで、ほんのわずかな距離なのに、あちこち寄り道をしながらゆっくりと上っていた。その時、鯉にも笑顔があるのだと思った。

この鯉がどのようにしてこの川に棲むようになったのかは知らない。もとはどこかで飼われていたのだろうか。

鯉は近くの駅の構内の池でも飼われている。一時、駅を改装して、ホームの一部にコンビニを設置したりする間、鯉を避難させていたことがあった。鯉がいなくなったことを心配する乗客もいると思ってか、不在の間、「鯉は別の場所で飼育しておりますのでご安心下さい」というような貼り紙がしてあった。

この時感じたのが「飼育」という言葉への違和感である。動物の場合、餌をやっていれば「飼育」と言ってよいのだろうが、別に芸を仕込むわけでもないし、単に鯉を水槽か何かに入れているだけで「飼育」とは大袈裟ではないかと思ったのである。

駅構内の鯉が「飼育」されているのならば、川の中の鯉は「放し飼い」である。餌が保証されている前者と、川の中の藻などを自力で確保しなくてはならない後者と、鯉にとってどちらが幸せなのだろうか、と楽しそうに川を上っていたときの鯉の顔を思い浮かべながら思うことがある。

話は当然、大学の「教育」もどちらが学生にとって幸せなのだろうか、ということになるが、あえて結論は出さずにおく。

|

« 2010年5月31日 | トップページ | 2010年7月29日 »