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February 28, 2011

「ら抜き」字幕

いきなり日本語の文法の話で恐縮だが、中学校などで習う規範文法では、「見る」「寝る」などの一段活用の動詞の可能形は「〜られる」と言うことになっている。「見れる」でなく「見られる」、「寝れる」でなく「寝られる」というのが「正しい」言い方とされているのだ。

もちろん、今日、誰もこんな「正しい」言い方をしない。若者に限らず、一定の年配の人でも「見れる」「寝れる」「来れる」などを平気で使っている。

言語学者にとって、文法は研究し記述するための対象であり、規範を定めて押しつけたりはしないが、自分自身の書き言葉には一定の規範意識が働くことが多く、文章表現に「見れる」や「来れる」を書くことは相対的に少ない。

最近、話し言葉を書いたものを見る場会が多くなってきた。TV での字幕(テロップ)である。あれは一説には、関西で高視聴率の番組「探偵!ナイトスクープ」が始めたと言われているが、今日では全国的に拡がっている。

NHK でも、ニュースなどで、街の人の声に字幕が伴うことが多い。その際に前から気になっていたのが、明らかに「見れる」と言っているのに、字幕では必ず「見られる」と書き直されることだった。言うまでもなく、これにはNHKなりの規範意識が働いているのだろう。

ところが先日、NHKで初めて「僕らはまだ夢を見れるんだ」という字幕を目にした。大晦日の紅白歌合戦で最後に歌われた曲の一部である。さすがに、歌詞だと著作権の問題もあって、勝手に改変はできなかったのだろう。

年は変わって、今月の1日に、そのNHKに本学の学生が出演した。関西ローカルの番組なので、見れた人は限定されていると思うが、「あほやねん!すきやねん」という、題名からして関西色濃厚な番組である。その中の「キャンパスナビ」というコーナー(というよりその日はこれがほとんどすべて)で、本学の聖歌隊と書道部が生出演して紹介された。生という重圧にもめげず、マイクを向けられても上がらず、健気に答えていたと思う。

合わせてキャンパス内の映像が録画で紹介されたが、その中で、女子大のよいところは、と聞かれて、「スッピンでも来れる所です」と答えていたのがそのまま字幕になっていた。今までだったら「来られる」と書き直されているところである。全体に軽いノリの番組だからなのか、関西ローカルだからなのか、どちらにしても、NHK も少しずつ変わっていくのかもしれないと思って興味深かった。

というほど大袈裟な話でもないのだが。

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