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October 31, 2011

美学

Apple 社の前の CEO、Steve Jobs 氏が亡くなってからもうすぐ1か月になる。すでに、この伝説の人について、各方面で様々なことが語られており、その早すぎる死を惜しむ声が圧倒的だ。

自ら作った会社をいったん追放され、その後、呼び戻されて会社を立て直すという波乱万丈の生涯はよく知られている。20年近く前、前任校の文学部の学生向けにコンピュータの授業をしていたことがあった。そのときに使用したのは、彼が追放されている間に作ったNeXT社の製品である。日本で最初に大量に導入した大学であったことが懐しく思い出される。

NeXT というコンピュータは今日の Macintosh の原形をなすもので、Jobs氏のいない Apple 社の作っていた、当時の Macintosh とは一線を画すものだった。UNIX OS を採用しながら、洗練された美しい GUIを用意し、いわゆる文科系の学生にもとっつきやすいものだった(と思う)。

コンピュータのデザインで美しさというのは大事である。それも単なる「機能美」にとどまるのでは、ともすると無味乾燥になり、飽きがくる。毎日見つめながら仕事をする機械であるのだから、我慢しながら使うようなものであってはならない。

「形から入る」という言い方がある。これは、「外見より中身」という実質的な発想にあえて水を差す言い方なのかもしれない。よい中身はよい形が用意されてこそ実現するということだろう。

今日の Apple のような大会社になっても、仕事をやめる直前まで、Jobs 氏は自社の製品のデザインに目を光らせていたと言われる。新製品の発表も、「制服」とも言える黒のタートルネックとジーンズ姿で自らおこなっていた。これも彼なりの「形から入る」プリゼンテーションの美学だったのだろう。

「制服」と言えば、同じような意味だと思ったのは、先日の創立120年記念シンポジウムの基調講演でのコシノヒロコさんの言葉である。自分の娘たちを松蔭中高に入れたのは「制服がかわいかったから」だという。これも、何よりも形を大事にするデザイナーの発言であるだけに、よく考えると意味深い言葉である。

教育ではもちろん中身が大事である。制服などは二の次と考えるべきなのかもしれない。しかし毎日着る服に愛着がもてなくては学校に来る気も起こらないだろう。キャンパスがゴミだらけでは勉強する気も失せるだろう。われわれ学校関係者は、生徒・学生たちによい教育を提供する義務があるが、中身だけでなく、形の面でもよい環境を提供する必要があると、あらためて思う。

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