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November 30, 2011

長老

16年前、阪神・淡路大震災の直後、ある数学の雑誌に「日記」を連載していた。1回目が4月号で、原稿の締切が2月の初めだったように記憶している。12か月に渡った連載は、震災について「震災」という言葉を一切使わずに書く、という形式を守って書いてみた。

その第11回目に「長老は元気だ」と題して、地元の言語学会(関西言語学会)に行ったことを書いた。関西言語学会の20周年を記念しての、理論言語学のパイオニアの先生方が勢揃いした、今にして思えば豪華なシンポジウムだった。

先週末は日本言語学会の秋季大会があった。1995年の学会の会場校であった大阪外国語大学が統合された先の大阪大学で開かれたというのも面白い偶然だった。ここは12年前まで勤めていたところなのだが、その後、ほとんど行く機会がなく、実に久し振りだった。駅から上っていく坂からして大きく変わっていて、まるで初めての大学に行く気分だった。

ちょうど一年前にも日本言語学会について書いた。そのときは場所に深い意味があると思わず書かなかったが、仙台だった。もちろん、その半年後に起こることなど誰も予想していなかった。

学会ではないが、日本私立大学協会の秋季総会が10月に青森であった。これも、昨年の東北新幹線の新青森までの開通を祝ってすでに計画されていたことである。3月以降、開催地を変更するかという話にもなったらしいが、こんなときだからこそ、という心意気で予定通り開催されたと聞く。結果は、東北支部の力がこもった、すばらしい総会だった。

去年も書いたことだが、学会の楽しみの一つは懇親会である。見知らぬ土地の場合には珍しい料理も楽しみだが、久し振りに直に会う(最近はネット上でしか「会う」ことのない人も多い)人と話をすることが貴重な時間である。

しかし、最近では、こういう場で世代の差を感じるようになった。そもそも、こちらが話をしたいと思う「若い」人はあまり懇親会に来ない。一つには飲食物の質に対するコストパフォーマンスの問題かもしれない。「年寄り」と話をしても面白くないということもあるだろう。

そして、16年経って、自分が、「長老」とは言えなくても、「年寄り」に分類される方に入っているかもしれないことを自覚した。気がついたら同年代の研究者と「近ごろの若い者は」のような愚痴をこぼし合っていたからである。

頑固で敬遠される年寄りになりそうな自分を恐れる。

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