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August 31, 2012

ことばの意味をことばを使って定義するのはむずかしい。意味論の教科書ではたいてい「意味とは何か」という問題から入るが、実は意味論で一番むずかしいのはこの問題なのだ。

多くの場合、「意味とは何でないか」が説かれる。つまり、いくつかの候補をあげて、一つ一つ、それは違うと言っていくのだが、では意味とは何なのか、というのは結局よくわからないままであることが多い。

「意味でないもの」の一つに辞書の定義がある。国語辞典を考えればわかるが、単語を別の単語で定義しようとする場合、その定義に使われている単語をあらかじめ定義しておかなくてはならない。これは無限に続くか、多くの場合、循環してしまう。

必要最少限の基本語を定めておいて、それだけを使って記述すれば循環にはならないが、何をもって基本語とするかがむずかしいし、そのような基本語の定義はどうするのかという問題は依然として残る。

循環してしまう典型的な例が、「右」のような基本的な語である。例えば、「南を向いた時、西にあたる方」のような辞書の記述があるが、ここで「南」と「西」の意味がわからなければ、「右」の意味はわからない。そして、同じ辞書で「南」を引くと、「日の出る方に向かって右の方向」とある。見事な循環である。

辞書の中には、方角以外の言葉で定義しているものある。「心臓のない方」のような定義である。心臓は実際には体のほぼ真ん中にあるし、まれに内蔵逆位の人もいるので使えない。お箸や鉛筆をもつ手というのも、もちろんだめである。

一つだけ、思わず、小膝たたいて「うまい!」と思ったのが「この辞典を開いて読む時、偶数ページのある側」という定義。「偶数」の定義に「右」は出てこないから、循環しない。この辞書の編者は数理的な言語の研究で知られる先生なので、こういう発想がお手のものなのかもしれない。

ただ、一つだけ問題がある。今日、辞書は電子的に引く場合も多い。電子版で「右」を引いたときにも通用するような定義は考えられるのだろうか。ちなみに、上の辞書の電子版の「右」の定義は、紙の辞書の定義と違って「奇数ページ」である。はて?

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