« 2013年3月31日 | トップページ | 2013年5月31日 »

April 30, 2013

柱のきず

先日の学科の会議で、3月で退職された先生から粽の差し入れがあった。粽と言えば、「柱のきずはおととしの…」で始まる歌を思い起こすが、実際に粽を食べるのは何年振りだっただろうか。最後に食べたのがいつだったか、そもそも、子どものころに食べたことがあったのかも、記憶は曖昧だったが、懐しくいただいた。

「背くらべ」の歌詞は、弟(妹?)の視点から書かれているが、作詩者は17歳年上の兄であるという。なぜ、去年でなくて「おととし」なのかというのも、兄が離れたところに住んでいて去年は帰れなかったためだという。実に、よく調べられているものである。

しかし、「粽食べ食べ」柱にきずをつけるというのは、実際にやってみることを考えるとかなり難しそうである。粽というのは何重にも笹の葉で包んであるので、それを全部剥いて、中の餅を外に出すのが一苦労である。とても片手間にできる作業ではない。「食べ食べ」だから、剥き終った餅だけを片手に持って、ということならば理解できるが、手がべとべとであることが気になる。とにかく、昔は柱にきずを付けても誰にも怒られなかった、のどかな時代だったのだろう。

さて、2年振りということで、年下のきょうだいの成長に喜ぶ兄の気持がそのままに出ているところが「きのう比べりゃ何のこと」という、ちょっと自慢げな歌詞である。1年とばしているために、より一層成長が際立ったのだろう。

このように、少し時間を置くと違いが目立つということは多い。久し振りに卒業生に会うというのもそういうことだと思う。学生のころとは見違えてしまうほどに「立派」になっているのを見るのは嬉しい。先日も、4年前のゼミ生に突然駅で呼び止められたことがあったが、面影が残っているのと、少し違って見えるのとが共存していて、時の経過を感じた。これが、大学を卒業していくということなのだろう。

しかし、最近は、SNS の普及で、卒業しても、何となく、その後の姿をコンピュータを介して目にしていることが多くなってきた。実際に会ってはいなくても、毎日のように姿を目にしていると、時間も空間も越えて、学生時代とそのままつながっているような気になる。

これはこれで嬉しいことには違いないが、その一方で、こうして失なわれる「意外感」というのは、何だか嫌だという気持もあるのは何故だろうか。

|

« 2013年3月31日 | トップページ | 2013年5月31日 »