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February 01, 2014

バックアップ

先日、携帯用の電話の機種を更新した。このタイプの機械は、単なる電話というより、一種のコンピュータとして、通話以外の機能を使うことが多く、当然、さまざまなアプリケーションを導入した上で、各種設定をして使っている。

2年に一度の頻度でやってくる機種の更新の度にそれらのインストールや設定をやり直さなくてはならないのではたまらないが、幸い、パソコンにつないで完全な「バックアップ」をとる機能があるので、古い機種のバックアップをとった後に、新しい機種を接続して「復元」すれば、元と全く同じ状態になる。これは確かに便利な機能だが、本体の性能は上がっているし、画面の大きさが変わることもあるので、今までの機械とは違うという感じはある。

現在の科学では、人間の「バックアップ」をとって復元することはできないが、遠い将来、体のどこまで交換可能かと考えると、脳以外の体の部分は、すべて他人からの移植、あるいは自分の細胞の複製、さらには精巧な機械で置き換えることなどは原理的には可能になるだろう。

もっとも、脳にとっては、実は体は必要なくて、適切な信号さえ入力されれば、脳はそれを外界として認識するので、極端な話、脳に無数のコードを付けて、十分な情報をもったコンピュータにつなげば、その脳は、物や他人が実在する世界を生きていると思うだろう。そこから、脳そのものもコンピュータで置き換えてしまうまではほんの一歩である。

こうなると、現実と虚構の区別、また個体としての「自己」の意味がわからなくなる。脳にとって「他人」が単なる信号の解釈にすぎないのであれば、「自分」も存在しないのではないか? いや、デカルトが言ったように、「自分」が存在するかどうかを考えている「脳」があるのだから、「自分」は存在すると考えてよいのか?

最近では、コンピュータもバックアップから復元できてしまうので、数時間待てば、今まで使っていた機種とまったく同じ環境が再現されてしまう。そのまま仕事を続けられて便利なのだが、一抹の寂しさをおぼえないでもない。せっかくの新しい機械なのに、何一つ新しいことがないような気がしてしまうのだ。

コンピュータの動きが不調なときは「新規インストール」も必要になる。人間も行き詰まってきたときに「新規インストール」が必要かもしれない。もちろん、人間は通常脳だけで生きているわけではないので、全く別人になってしまうような新規蒔き直しは無理だが。

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