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February 28, 2014

今月は、普段あまり雪の降らない地方にも大量の雪が降り、積った。2月8日の雪は、神戸ではあまり積もらなかったが、東京では大雪となり、たまたまその日に東京出張だったために、久し振りに雪の降りゆく中を歩くはめになった。

午後からの会議だったが、余裕を見て、朝東京に着く便に変えたのが功を奏し、大した遅れもなく着くことができた。その結果、美術館に寄る時間もできたが、午後からの羽田発着の便は軒並欠航となってしまっていた。そんな中、東京での会議は予定通り開かれ、沖縄から北海道まで、ほぼ欠席もなかったのは驚きだった。

雪は、白という色のせいもあって、ただ眺めるだけならば、優雅なものだとのんびり構えることができる。そのため、「雪」ないし「白い雪」ということばは、美しいものを象徴することばとして使われてきた。

前に、言語学の入門書の中で書いたことだが、「白雪」となると、「白い雪」とはかなり性質が違う。まず、「白雪」は、万葉集などには「松蔭の浅茅の上の白雪を消たずて置かむ由はかもなき」のように、雪の美称として使われているが、現代語では雪の意味で使うことはない。(因みに、「松蔭(まつかげ)」は、本学の名称と同字異音だが、万葉集にこの語があるのは偶然である。)

今日では、「白い雪」の意味になるのは、同じ字面を、音読みの「はくせつ」と読んだ場合だろう。訓読みの「白雪(しらゆき)」の方には、雪そのものを指すのでなく、日本酒の銘柄、サトザクラ系の花の名前、「白雪姫」のような人の名前などの用法がある。面白いことに、英語では「白い雪」はwhite snow だが、「白雪姫」は Snow White と逆順になる。

雪国の人には何を今さらという感じだろうが、日頃雪と縁が薄い地方の人間にとっては、雪が積もれば、雪合戦や雪だるま作りという楽しみが生まれる。単純に、足跡をつけるだけでも、何か非日常という感覚が生まれる。

同じ物質なのに、液体の状態と固体の状態でこうも違って感じられるのは興味深い。とらえどころのない液体よりも、仮につかの間でしかなくとも、手にとってみることのできる固体に、より親近感をもつのだろうか。

冬のオリンピックは終ってしまったが、もうすぐ、同じソチでパラリンピックが始まる。同じ雪の中の競技であっても、見る人が何を感じるかはかなりちがってくるだろう。自然を制して身体のバランスをとるという点において、より一層の努力が必要なのかもしれない。どの国の選手であっても、健闘を祈りたい。

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