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October 01, 2014

カタカナ語

中学生のころ、授業で、立って教科書を読むときに「コーヒー」がどうしても読めなかったことがあった。

一般に東京方言の話者は「ヒ」の発音が苦手で「シ」になってしまうとされるが、それは誇張であり、「ヒ」ぐらい発音できるさ、と思っていたのだが、ふとしたはずみで、「発音できないスイッチ」が入ってしまったのかもしれない。

仕方なく、「coffee」という発音、つまり「ヒ」でなく [fi] という発音でお茶を濁したが、耳ざとく「あっ、発音がよくなった」と捉えた級友がいた。

一般に、外来語の発音は日本語の音韻体系に従って改変される。[fi] という音は本来の日本語にはないので「ヒ」で代用する。しかし、ちょっと前にはやった「フィーバー」は「ヒーバー」にはならず、後発の「フィ」があてられた。

coffee が「コーフィー」となっていたら、東京方言の話者にも発音しやすかったかもしれない。ただし、日本語の体系の中の「フィ」は、上歯で下唇を噛むのではなく、「フ」のときと同じよう唇を寄せて、母音を「イ」に変えるだけなので、cowhee のような発音で代用することになる。

「コーヒー」であれ、「コーフィー」であれ、日本語に対応する語がなく、「珈琲」という宛て字はあるものの、「カヒ」という形で日本語に取り入れられることもなく、訳語が作られることはなかった。

最近は、明治のころのように、「いかにも」というような日本語の訳語を作ることが少なくなっているように思う。例えば、少し前は「国際化」という日本語があった。そもそも英語で internationalization という言い方がどれほど一般的であったかはわからないが、少なくとも international を「国際」と訳した先人の努力は多としたい。

一方、今日の global はどうだろうか。これに対する日本語は今のところ「グローバル」という、そのままの形しか知らない。もともと、globe というのは「地球」ということだから「地球的な」と訳してもよさそうだが、カタカナのままにしている。

最近の大学関係の用語には、「グローバル」を筆頭として、カタカナ語が多い。「リーダーシップ」「ガバナンス」「ラーニング・コモンズ」など、訳語を作る時間もなく、次々に今までなじみのなかった用語(とそれがあらわす概念)が導入されてくる。このままでは、「ユニバーシティ」は「プロフェサー」と「ステューデント」と「ペアレント」が作る「コミュニティ」だということになりかねない。

用語にとらわれずに、しっかり中身を実体化していくことを考えていかないと、まさに、「仏作って魂入れず」(英語で何と言うのかわからない)だろう。

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