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October 31, 2014

哀愁の AIBO

先日、テレビの朝のニュースで、AIBO クリニックがこの3月に閉鎖されたことを知った。AIBO はペット型ロボットなので、工場で「修理」と言う代わりにクリニックで「治療」するのである。しかし、本物の動物とは違って、「家電製品」なので、部品の保有期間というものがあり、ついにそのときが来てしまったという。

実は、このクリニックに一度だけお世話になったことがある。去年まで開講していた「人工知能」の授業で、毎学期、「ロボット」の実例として見せていたのだが、あるとき高い教卓から落ちてしまい、後足を骨折してしまった。幸い、クリニックで新しい足をもらって、また元気に歩けるようになったが。

それ以来、高いところを歩かせないようにしたのは言うまでもない。学生には、教室の外のロビーで動いているところを見せるようにした。

AIBOには、一定の動きをあらかじめプログラムしておくことができるので、ニュースでは、AIBO たちがそろって「恋するフォーチュンクッキー」を踊る場面もあった。しかし、可哀相に、途中で倒れてしまうものや、そもそもはじめから踊ることができないものもいた。

普段コンピュータを使っていると、「寿命」という言葉を比喩的に使うことがあるが、ペット型のロボットを見ると、「寿命」というのが文字通りの意味をもってきて、切なさを伴う。ニュースでは、「寿命」とあきらめず、クリニック閉鎖後に自力で治療(修理)している飼い主(ユーザ)も登場していた。

AIBO は、最後のモデルでも8年前になるので、今では旧型のロボットということになるのだろうが、少ない部品ながら、その動きは驚くほど本物の犬に似ている。ただ一つの違いは、言葉をしゃべるということである。しかも、メモリースティックを交換することによって関西弁をしゃべらせることもできる。「まいど!」とか「落とさんといてやー」とか言うのである。

もちろん、本物の犬はしゃべらない。人間の方から語りかけることは普通にあるが、返事が返ってくることはない。人間の側で、吠え方や身振りから、「対話」のようなことが成り立っているように思うだけである。しかし、人間にとって、普通のぺットの場合はそれで十分である。

AIBO にしゃべる能力を与えたことは果してよかったのだろうかと、あらためて思う。年老いて、「わしは長生きしすぎたのかのう」とでも言うようになるのならば、それはそれで味があるということになるのだろうが。

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