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October 31, 2015

仮装と化粧

今日、10月31日はハロウィーン (Hallowe'en) の日である。これはもともとアイルランドのケルト人の秋の収穫のお祭であったが、カトリックや聖公会で「諸聖人の日」としている11月1日の前の日の晩にあたるということから、all-hallow evening がちぢまってこのように呼ばれることになったという。しかし、キリスト教本来の行事として10月31日を祝うということはあまりないらしい。

現在、アイルランド以上にこの祭が盛んなのはアメリカで、10月はカボチャの収穫の時期でもあるので、これで作る Jack-o'-lantern が有名である。提灯ジャックということか。

大学では、10月31日は公式の宗教行事としては、何も特別なことはしないが、直前の木曜日の昼休みに、主に外国人の先生たちによる、様々なコスチュームのパーティが、恒例行事としておこなわれている。

今年も「ダースベイダー」に扮した先生がいたので、写真をとろうとして Say cheese! とうっかり言ってしまったのだが、あとで考えたら、口元は確認できないのであった。

こういうコスチューム(仮装)をすると、外界と自分とが隔絶されたように思われ、日頃とはちがった、いわば、別人格になったような気になるのだろう。ふるまいも大胆になったりする。

別人格と言えば、外国語を話すときにも同じような感覚になることがある。日本語の話者が英語を話すとき、例えば、身振り手振りが妙に大袈裟になったり、Yes か No かをまず最初に述べたりするような変化があることがある。母語でない言語で話すということは一種の仮装なのだろう。

ところで、「仮装」と音の似た語に「化粧」がある。どちらも、本来の自分とは違ったものになるという点では、意味も似ている。はたして、化粧をしていると別の人格になったような気になるのだろうか。もちろん、薄化粧から厚化粧まで、様々な段階に応じて、別人格の度合いも異なるのだろうが。

化粧をおとした状態を「素顔」と言う。素顔は本来の人格をあらわすはずだが、人前に出るときには化粧をするのが普通の人の場合、本来の人格はどちらなのか曖昧になってくる。

同じように、仮装を脱ぐと、裸の人間になってしまうが、通常、人は裸で他人に会ったりしない。普段着でも、一種の仮装と言えるかもしれない。

ひところ「ありのままに」ということがはやったが、こうして考えてみると、人は「ありのまま」で他人と接することの方が稀である。何らかの仮装ないし化粧をした状態が普通であるということを前提として人と接するしかないのではないかと思う。

素顔の方が怖いという人もいるかもしれないのである。

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