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December 25, 2015

サンタクローズ

クリスマスの日は、大学での行事は何もなく、休校日だ。それぞれが思い思いの形でこの日を過ごせばよいということである。今日は家で、60年前の間違い電話からはじまったという、NORAD のサンタ追跡をちらちらとながめながら仕事をしていたが、配達は無事終了したようだ。今年は全世界に約73億のプレゼントを配ったと発表されている。

先週までの大学のクリスマス行事では、礼拝をはじめとして、一般にクリスマス・ソングとして親しまれている聖歌をよく歌った。3年前に聖歌以外のクリスマス・ソングに2種類あるという見方を紹介したが、今日はその中の、「家族や友達・恋人を想う歌」の一つについて、あらためて書くことにする。

この時期の定番の一つとなっている、松任谷由実の「恋人がサンタクロース」の助詞の使い方にかねてから疑問をもっていた。「恋人はサンタクロース」ではないのか、と。

要するに、恋人のいない人が、「でもサンタが私の恋人だ」と言っている歌かと思っていたのだ。ところが、歌詞をよく読んでみると、「となりのおしゃれなおねえさん」が、幼い(でもサンタはもう信じていない)私に言っている言葉なので、これは、「私には恋人がいるのよ。今夜はその恋人がサンタになってくれるのよ」という歌のようなのである。

ただ、そうすると、その後の「本当はサンタクロース」という部分がよくわからない。この恋人は本物のサンタなのかもしれない。すると、その前の文の解釈も違ってくる。「あなたはサンタはいないと思っているの? 実は、私の恋人がサンタなのよ。ああ見えても本当はサンタなのよ」ということになる。

要するに、「恋人がサンタクロース(になってくれる)」という常識的な解釈でなく、「恋人がサンタクロース(そのものである)」というサンタ実在説に立つ解釈ということになり、両者はかなり違う。

そして、驚くべきことに、歌詞の他の部分を読んでみると、後者の解釈の方が辻褄が合うのである。何しろこのサンタは、雪の街から来て、おねえさんを遠い街につれて行ってしまうのだから。

1980年のこの歌は、つい最近までの日本でのクリスマスのあり方を、サンタの到来を楽しみにしている子供のための日から、恋人どうしが過ごす日という形に大きく変えるきっかけになったと言われている。それは、もちろん「恋人」がサンタ役をしなくてはならないという解釈によるものだ。

しかし、実は、これは、たまたま本物のサンタを恋人としていた「となりのおしゃれなおねえさん」の話でしかないのだとすると、ちょっと前までの多くの若者は、とんでもない勘違いをしてきたことになる。

罪作りな歌である。

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